第八回 『俳句の構文 季語の性質にあわせた詠み方とは?』
- 2021.06.25
- 文法学部 二階教室
みなさんこんにちは。
『俳句大学 文法学部』の第八回講義です。
前回は「韻文と散文のちがい」をテーマに、文章が俳句として成立する条件を文法的な側面から確認しました。
その結果、
・文法上の区分は表面的な形式と関係なく、詩精神を表現しているかどうかで変化する
・俳句が韻文になるためには、詩精神の表現を欠かすことができない
という結論に達しました。
そこで次は、「詩情のある文章をどう組み立てれば良いか?」を考えてみます。
いわゆる構文です。
構文といっても、教科書のように主語・目的語・述語……と散文的な役割をおさらいするわけではありません。
俳句の主役は季語ですので、「季語の種類にあわせた書き方のコンセプトを考えよう!」という、作句に特化したお話になります。
具体的にどういう内容か、詳しく追っていきましょう。
ある絵面を俳句にするには?
『表現学部 一階教室 第二回講義』で解説したように、正岡子規によると「俳句とは写生である」と定義されています。
この格言は、ある事物や事象の一場面を切りとって、そこに詩情を表現するのが俳句ですよ、という句作の真理をあらわしています。
そこで、「何をどう切りとれば詩情ゆたかな俳句になるだろうか?」と誰もが試行錯誤するわけですが――
じつは写生の対象を選ぶ段階で、大きくふたつのパターンに分かれます。
映像、音、味……など、具体的なイメージで詩情を象徴してみせるのが俳句ですから、季語に具体性があるかないかで情景の描き方は大きく変化します。
それにつれて、文章の組み立て方も違ったものになります。
実際どのように変化するのでしょうか?
ふたつのパターンを比較して、どんな構文にすべきかを考えてみましょう。
季語で情景を描きだすパターン
まず第一のパターンがどういうものかを見ていきましょう。
目で見たり、耳で聴いたりすることのできる季語には、
「風車」
「アイスコーヒー」
「きりぎりす」
「山眠る」
などがあります。
これらは映像、音、味など具体性をもつ事物や事象ですので、それ自体でひとつの情景を描きだすことが可能です。
たとえばテレビの前をとおりがかったとき、次のようなドラマのワンシーンが映し出されていたとしましょう。
晩夏の季語、「水着」ですね。
男女差や形状の違いはあっても、ハッキリとした視覚的イメージをもつ事物です。
ためしにこれを俳句にしてみます。
・ 二人旅バッグに予定なき水着 豊島月舟斎
旅に発想を飛ばしていますが、場面の焦点は「水着」の映像に着地する構文になっています。
言い換えれば、季語のもつ映像で情景を描き、そこに詩情を込めているわけです。
もしも映像の着地点が「水着」でなかったら、本句に込められた「青くさい期待感」が台無しになってしまうでしょう。
このように、季語が五感で捉えられる具体性を有している場合、そのまま写生の対象とする詩を編み出せます。
これが第一のパターンの特徴です。
季語の情景を詩情のテーマにしよう!
このパターンで作する場合、どういう構文になるのでしょうか。
なるべく論理で追えるように、方程式でまとめてみます。
正岡子規の格言では、事物や事象の一場面を切りとって、そこに詩情を表現するのが俳句でした。
です。
一方、『表現学部 一階教室 第三回講義』で解説したように、定型詩である俳句において季語は詩情の中核となるキーワードでした。
となります。
そして季語自体に映像、音、味など具体性のあるのが第一のパターンですから、
という方程式が成り立ちます。
これらを総合すると、
というサイクルになり、季語を主述の中心にして文章を組み立てれば、おのずと一篇の詩を編みだせることになります。
ものすごく端的に言えば、これが第一のパターンにおける構文の基本的な考え方です。
ためしに例句を散文へ書きくだしてみると――
「二人旅だ。バッグに使う予定のない水着がある。」
となり、「水着」を主格とした構文になっているのが分かります。
「水着」の映像にフォーカスすることで、「隠しもった青くさい期待感」を暗に象徴し、<季語 = 具体的なイメージ = 詩精神> のサイクルを踏んでいるわけです。
もし、
・ 二人旅予定はないが水着持つ
というように季語を目的格に配置したら、視線が映像にフォーカスされなくなって、詩情を大きく損なうでしょう。
もちろんこれは一例なので、逆に目的語にしたほうが良い場面もありますし、季語のなかには動詞、形容詞、形容動詞など用言も存在しますので、述語に据える場面もあり得ます。
一概に使い方を規定するものではありません。
ただ、どんなケースであっても季語の具体的イメージを切りとり、その場面に詩情を託すのが第一のパターンです。
<季語 = 詩情 = 映像>
上記のコンセプトに沿って文章を組み立てるのが、このパターンの王道と言えるでしょう。
季語以外で情景を描きだすパターン
つづいて第二のパターンを追ってみます。
季語の一部には、映像、音、味などがない――つまり事物や事象に当たらない種類のものがあります。
「春愁」
「みどりの日」
「子規忌」
「冬至」
などです。
これらは概念をあらわす言葉なので、単独で情景を描きだすことはできません。
そうした場合、どのように写生したら良いでしょうか?
たとえば「生身魂」という季語で作句してみましょう。
ちょっと耳慣れない宗教用語なので、歳時記から概略を引用しておきます。
生身魂 [初秋 行事]
引用:合本俳句歳時記 第四版 角川学芸出版編
盂蘭盆会には故人の霊を供養するばかりでなく、生きている目上の人に対しても礼を尽くす。敬うべき年長者のことを生身魂と呼び、食物を贈るなどしてもてなすことも生身魂という。新たに迎える新精霊もなく、一族が健康であることを祝う気持ちから出たものと思われる。
……皆さんならどんな俳句を詠みますか?
筆者は次のように詠みました。
・ 生身魂ゑくぼは戦語らざり 豊島月舟斎
いつもニコニコな祖母に登場してもらいました。
「生身魂」に実体がないため、「えくぼ」という目に見える映像を別途用意したわけです。
おなじように、何らかの事物や事象を描く詠み手は多いのではないでしょうか?
人であれ物であれ、ひとつの情景を描きだすには具体的な対象が欠かせないからです。
このように、<季語 = 具体的なイメージ> という等式が成り立たない場合、もっとも典型的な解決策は、写生の対象となるべつの言葉を登場させることになります。
また、季語と何かを対比させる場合にもやはり対象物が必要となるでしょう。
いずれにしても、登場させる事物や事象は、映像、音、味などの具体的なイメージをともなう言葉になります。
これが第二のパターンの特徴です。
情景描写に詩情をリンクしよう!
第二のパターンは第一のパターンにくらべて多少複雑に見えますが、どういう構文になるのでしょうか。
筆者の句を解剖してみましょう。
本句は「生身魂」と「えくぼ」以降の文節に切れが存在し、「上五体言切れ」の形式を踏んでいます。
その結果、季語と映像のあいだに二物衝撃が発生して、「戦争を語らないえくぼ」が「生身魂」を象徴する関係を作りだしています。
つまり、文章全体を俯瞰すると、情景描写が季語によって詩精神を付与される相関図になっているわけです。
これが第二のパターンにおける構文の典型的なコンセプトになります。
べつの例も見てみましょう。
・ 夏を呼び寄せる漕ぎ手の力瘤 豊島月舟斎
今度は季語「夏」が目的格に配置され、映像は「力瘤」にフォーカスしています。
さきほどと異なり一句一章なので、一見ひと続きの情景のようにも見えます。
しかし、当然ながら本来「夏」は呼ぶことも触れることもできない概念の単語です。
そのため、じつは「漕ぎ手の力瘤が呼び寄せるモノ」のイメージが「夏」と相関関係を作りだしています。
さきほどと同様、こちらも情景描写が季語によって味付けされた構造になっていますね。
このように、配置をどう変えても根底にあるコンセプトは変わりません。
季語に具体的なイメージがない場合、べつの写生対象を持ちだして、季語を象徴する情景を描くのが黄金パターンと言えます。
むろんこれがすべてではありませんが、手軽で作りやすい俳句の組み立て方として、覚えておいて損はないでしょう。
俳句の構文まとめ
今回のまとめです。
有季定型俳句とは、ある事物や事象の一場面を切りとって、そこに詩情を表現する文芸と言われています。
その結果、詩情を託すべき季語に具体的な映像、音、味などがあるかどうかで、情景の描き方が変化します。
・第一のパターン:季語に具体的なイメージが存在し、そのまま写生の対象になる場合
・第二のパターン:季語に具体的なイメージが存在しないか、季語でないものを写生の対象とする場合
両者のあいだでは、季語と情景描写の関係性に違いが生じるため、それぞれに見合った文章の組み立て方を考える必要があります。
第一のパターンでは、季語のもつ具体的なイメージを利用し、詩情を象徴する情景を描きだすのが、もっとも一般的な構文のコンセプトです。
第二のパターンでは、季語と、季語とはべつの情景描写で詩情の相関関係を作りだすのが、ひとつの典型的な考え方となります。
季語は品詞もまちまちであるため、一概に「こうしなければいけない」という構文の決まりは存在しませんが、それぞれ写生の対象を決めてメインテーマとする点は変わりません。
メインテーマと季語の関係をパターン化して考えることで、おのずと詩精神を適切に表現できるようになるでしょう。
以上が、季語の性質にあわせた構文のコンセプトになります。
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