第六回『俳句の分かれ道 表記』

第六回『俳句の分かれ道 表記』
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みなさんこんにちは。
『俳句大学 文法学部』の第六回講義です。

一階教室の最後のテーマは「表記」です。

第四回、第五回と「文体」を扱ってきましたが、「表記」は似て非なるものです。
違いを知らないと、取り違えてしまうおそれがあります。
ここまでのおさらいをしつつ、締めくくりまで読んでもらえればと思います。

表記の分かれ道!歴史的かな遣いと現代かな遣い

表記とはいったい何でしょうか?

一口で言えば、「古い文字」と「今の文字」の二種類のことになります。
専門用語では、それぞれ「歴史的かな遣い」「現代かな遣い」と呼ばれます。

 

表記にはこのふたつのバージョンが存在します。

……まるで前回のコピペみたいな切り出しですが、あえて対比したのには意図があります。
「文体」と「表記」は、非常に混同しやすいからです。

まず最初に

 ・文体は文章の体裁のこと : 「文語体」と「口語体」
 ・表記は文字の書き表し方 : 「旧かな」と「新かな」

とはっきり区別をつけておくと良いでしょう。

旧かなと新かなは水と油

俳句にかぎらず、どんな文章でも、表記するときは「旧かな」か「新かな」のどちらかを選んで使います。
表記の選択とは、すなわちダンジョンにあるT字の分岐路です。

そのうえ、この分岐はどこまでいっても絶対に交差しません。
そこが文体と違うところです。
小説なら終章まで、俳句なら句末まで、「旧かな」と「新かな」が混在することは徹頭徹尾ありません。

どうして水と油のように交わらないのでしょう?

 

相性の悪い原因

「旧かな」「新かな」が実際にどのような表記なのか見てみます。

現代のわたしたちは、「新かな」のほうは見慣れています。
一方、「旧かな」のほうはどんな風に書き表すのか、あまり目にする機会がありません。

そこで、前回の例句にもう一度登場してもらいましょう。

 ・ 見据ゑしはようず来し海竜馬像  豊島月舟斎

一目で分かりますが、「見据ゑし」が「旧かな」になっていますね。
なんだかクネクネしていて、現代文とはだいぶ見た目が違います。

どうしてわざわざややこしい書き表し方にしているのでしょうか?

もし「新かな」だった場合、「見据えた」は「えた」と送り仮名することになります。
しかし、原句の文体は古い言葉――「文語体」で作られています。
これに見合った古い表記、すなわち「旧かな」にすると、

 × 「見据える」ア行下一段活用
 〇 「見据う」ワ行下二段活用活用

に活用が変化します。
その結果、「ゑし」と送り仮名しなければならなくなるわけです。

つまり、「旧かな」と「新かな」を混合しない理由は、活用語自体が変化してしまうためです。
理由はこれだけではありませんが、どうして混合しないのか、混在できないのか、原因の一端はつかめたかと思います。

文体と表記の組み合わせ

ここまでの説明から察せられるように、文体と表記は密接にかかわっています。
切り離すのは不可能なので、つねに組み合わせて文章を書くことになります。

文体も表記も二種類ずつあるので、理論上は合計で4パターンあることになりますが、実際には古い、新しいの区別に応じて2パターンに分かれます。
図にすると――

 

というのが、もっとも一般的な組み合わせになります。

ただし例外はあります。
文体の説明で、「文語体」のあとに「口語体」が入れ替わった歴史があったのを覚えているでしょうか?
書き言葉に「口語体」を用いるようになったのは、日本の歴史ではつい最近のことでした。
このため、「新かな」をまだ使っていなかった時代や、明治以降の過渡期においては、「口語体」を「旧かな」で表記した俳句がたくさん作られています。

 

現代のわたしたちが作句する上では、基本セットのどちらかを使えば問題ありません。
しかし、こういうパターンの俳句もあるということ、またこの組み合わせにすると独特の時代感を演出できるということは、覚えておいて損はないでしょう。

表記まとめ

表記には「旧かな」と「新かな」の二種類があります。
どちらの表記をとるかは、文体に合わせて選択すると良いでしょう。
ただし、ひとつの文章で使う表記は一種類だけです。

文体と表記の組み合わせは、基本的に

 文体が「文語体」 : 表記も「旧かな」
 文体が「口語体」 : 表記も「新かな」

例外として

 文体が「口語体」 : 表記が「旧かな」

となります。

以上が表記についてのまとめです。

一階教室の全講義を終えて

さて、全六回にわたって解説した『俳句大学 文法学部』一階教室の講義は、これでひと区切りとなります。

いかがでしたか?
役に立ったと思う人は、コメントを返してもらえると励みになります。

また、『作り方学部』『表現学部』をまだ読んでいない人は、あわせて一読することをお勧めします。
さらに詳しい表現方法を知りたいと思ったら、『文法学部 二階教室』へ進んでください。