第五回『俳句の分かれ道 文体②』

第五回『俳句の分かれ道 文体②』
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みなさんこんにちは。
『俳句大学 文法学部』の第五回講義です。

「文体」シリーズの第二回に当たります。

前回は、「文体には文語体と口語体の二種類ある」
という説明をしました。

今回は、両者の違いや使い分けについて説明していきます。

道はふたつにひとつ

「文語体」「口語体」が歴史的にみて継承関係にありつつも、それぞれ固有の文体であることは、前回まででおおよそつかめたかと思います。

かたや抹消された文体。かたや統一された文体。
この両者が交わることは、基本的にありません。

右か、左か。
ダンジョンのT字路みたいなものです。

それは俳句においても言えることで、

――「文語体」の古典感覚で進むか
――「口語体」の現代感覚でいくか

一句ごとにどちらかを選択することとなります。

 

道がつながっている例外も……

一方、「文語体」も「口語体」もおなじ日本語であるには違いなく、べつの文体でありつつも、継承的な関係にあるのは事実です。
継承している――つまりひと続きに繋がっているので、そこには入り混じった部分がたくさんあります。

著名な俳人のなかにも、文体の入り混じった俳句を詠んだ例は実在します。
一例を挙げると、

 ・ 貧乏な御下屋敷や杜若  与謝蕪村

などです。

文法的に言えば、「貧乏な」→「貧乏なる」と活用するべきところ。
しかし、そうはなっていません。
与謝蕪村は江戸中期の俳人なので、『言文一致運動』も『標準語政策』も関係なく、ただ純粋に文体が入り混じっています。
歴史にのこる大俳人が、まさか文法ミスをしたのでしょうか……?

 

引用:Wikipedia

こうした実例は、意外に数多くあります。
作者はむろん正しい活用を知ったうえで、「貧乏な」としているのでしょう。

つまり、意図をもって入り混じり文体を採用するのはアリということです。

例句の場合、あくまで筆者の解釈ですが、

① 下屋敷という畏れ多い建物に対し、「口語体」のライトな感覚を取り入れることで、正面からディスる深刻さを軽くしたかったのではないか?
② 下屋敷自体は昔からそこに建っていて、それが貧乏な状態に見えるようになったのは最近の話だからではないか?

と意図を推察しています。
いずれにしても、文体が入り混じる例は少なくありません。

単純な文法ミスに注意するのはもちろんですが、「意図して使うのであれば、文体は混合しても良い」と理解しておくと、健全に使いこなせるのではないでしょうか。

選んだ道でこんなに結果が変わる!

以上のように、特別な意図がある場合をのぞいて、俳句の文体は基本的に「文語体」か「口語体」のいずれか一方です。

そして、どちらの文体を使うかによって、俳句の印象は大きく変わることにもなります。

例句で比較してみましょう。
今度は改作するので、筆者の俳句を使います。

 ・ 見据ゑしはようず来し海龍馬像  豊島月舟斎
 ・ 見据えたはようず来た海龍馬像  同改

季語は「ようず」。西日本で吹く雨もよいの南風です。

「ようず」に接続している動詞の活用形が、一文字だけ違っていると思います。
言葉遣いで見当がつくように、上の句が「文語体」、下の句が「口語体」です。

カナにひらいて、五・七・五へと分解し、文体の異なるところを赤字で強調します。

 

これで違いが明確になったと思います。

さて、どちらが適切でしょうか?

この句は、桂浜に立つ幕末の英雄、坂本龍馬の像を詠んだものです。
歴史感あふれる情景だけに、ぜひとも重厚さや格調の高さを出したいところ。

 

引用:高知市役所 ©Kochi City All rights reserved

こういうとき、「文語体」を使うと相乗効果を得ることができます。
まるで時代劇のように、混迷の時代をほうふつとさせる描写が湧きあがってきます。

一方、「口語体」にしてしまうと「天気が悪いのでちょっと海の様子を見にきたよん☆」くらいな軽い印象が残ってしまいます。
ライトな感性が合う俳句もありますが、例句のケースにはふさわしくありません。

そこで筆者は「文語体」を選択しました。
見た目の上ではたった一文字の違いに過ぎませんが、一句のたたずまいや、読み手に与える印象が、まったく違うものになるからです。

このように。一律に「文語体」か「口語体」かということではなく、「この句にはこちら」と適合する文体を用いることが重要と言えます。

文体まとめ

俳句は「文語体」「口語体」の二種類の文体を持つ稀有な文芸作品です。
どちらの文体をとるかは、作者の意思で選択することができます。

選択の分岐路に立ったときは、句の内容に合った文体を使うようにすると、俳句をより良くする力になります。

古文の授業で『徒然草』や『源氏物語』を読み、「言葉遣いが粋だなぁ!」とか「雅ってこういうことか……」と感じた人はいるでしょう。
「文語体」が日常生活から抹消されて久しいですが、「口語体」に「口語体」の良さがあるように、「文語体」には「文語体」の良さがあります。
よく「古いものとは劣ったもののことではない」と言われる所以です。

初心者にとって地下迷宮のように迷いやすい文体は、難題ではありますが、ピタリと収まると自分で思った以上の効力を発揮します。
ぜひさまざまな例句を読んで、いつも使っている「口語体」だけでなく、定型詩特有の「文語体」の感覚を身につけることをお勧めします。